2018年9月18日火曜日

「他人はこうするべきだ症候群」を捨てれば、気持ちが楽になる話

こんにちは。上村です。


突然ですが、こんな「童話(寓話)」を考えてみました。


題して、
『歌好きな鳥が、歌おうとしなかった話』


ある時、「動物の紅白歌合戦」がありました。

いろいろな動物が出場し、歌を競い合う。


そこに出場した、一羽の鳥。

鳥は「最後に歌いたい」と思った。


まあ紅白でも、最後に歌うのは特別感がありますからね。


その鳥は「大御所希望の鳥」だったのです。


「僕は鳥なので、トリ(最後)で歌いたい」
「そんなこと言わないで、今歌ってください」
「でも、トリで歌いたいのです」
「そんなにトリ乱さないで」


スタッフと口論の末、結局その鳥は折れました。

鳥は、トリあえず、その場で歌ったのです。


ここで終わったら、単なるダジャレになりますね。


笑点なら、座布団全部とられて、羽織まで脱がされるくらいのレベル。


でも、話はここからが重要です。


出場歌手全員が歌い終わった後、「観客アンケート」がありました。


「どの歌が一番よかったか」

です。


すると、別に「順番は関係なかった」のです。


最後に歌ったからといって、特に評価がよかったわけでもない。


鳥は、その「アンケート結果のコピー」をもらいました。

自分が駄々をこねたことを反省したのです。


高慢になった時、自分に対しての「いましめ」として、いつもそのアンケート結果をトリ出して見るようにしたのです。


トリだけに、トリ出して。


最後までダジャレから抜け出せませんでしたが、言いたいことはとても大切なこと。


鳥さんの行動ですね。


主人公の鳥は、「最後に歌いたいと」思いました。

でも「ダメ」と言われた。


「どうしても最後に歌いたい」とトリ乱したのです。


トリだからトリ乱したのではなく、その鳥の「個人的な価値観」だった。


でも、よく考えてみましょう。


歌が好きで歌うなら、別に順番などどちらでもいいですよね。


自分の歌を聴いてもらえることに、喜びを感じるはずです。


最初でも、真ん中でも、最後でも、どこだっていいはず。


にもかかわらず、細部の「どうでもいいこと」にこだわってしまった。


以上は僕が考えた寓話ですが、こういうことって、あなたの日常でもありませんか。


「不当な扱いをされている」

みたいな。


他人と比較して、思う時があるかもしれません。


実際に、不当な扱いをされている場合もあるかもしれません。


でも、「馬鹿にされた」と思う気持ちから来ていることも多いのです。


また、「馬鹿にされた」と思うほど、不当なことはどんどんやってくる場合もあります。


自分の失意が、不当なことを呼び寄せたりします。


そんな時は、「本質」を思い出すことなのです。

「一番大切なことは何か」です。


「恋愛はこうあるべきだ」
「人間関係はこうあるべきだ」
「恋人はこうするべきだ」
「友人はこうするべきだ」
「自分に対してこうすべきだ」

など「他人は私に対してこうするべきだ症候群」にかかってしまうと、本質を見失います。


相手にも意志があり、個性があり、人それぞれ表現の仕方が違うことに気持ちがいかなくなってしまう。


独裁者のような考え方になって、独裁者の末路が哀れなように、その関係も哀れなものになっていきます。


自分や他人を傷つけるような行動ではなく、「本質に沿った行動」をすることが大切です。


ややこしく考えすぎて、逆に「素朴に大切なこと」を忘れている場合があります。


「他人はこうするべきだ症候群」を捨てよう。


そうすれば、心が軽くなって、本来の自分をしっかり発揮していけることでしょう。


結局それが、環境を変えていきます。



・今回のまとめ
「他人は私に対してこうするべきだ症候群」を捨てよう。
そうすれば、心の束縛がとれ、「本来の自分」が顔を出します。
その自分こそ、環境をいい方向に進めていく力があります。




あなたが、「自分は愛の弱者だ」と思うようなことがあれば、本書はとても有益なものになるでしょう。

今までの思い通りにならない状況が、きっと一変するはずです。

本書には、それくらいの大きな力があります。

あなたの「バイブル」にしてください。



あなたが、恋愛や人間関係で「愛されない」と悩んでいるなら、たった二つの真理を知るだけで、それは解決します。

     1.追いかけるのをやめる
     2.「途方もない愛される力」を実践する

今すぐ、「真理」を知ってください。