こんにちは。上村です。
突然ですが、あなたは、「正直な人」でしょうか。
「正直」という言葉は、よく使われますね。
しかしその意味になると、漠然とした部分もあります。
例えばあなたが、職場で働いているとします。
苦手な上司がいる。
「私はあなたのことが嫌いです」
と上司に言うかどうか。(笑)
たとえ正直な気持ちでも、言わないですよね。
退職するつもりならいざ知らず、そうではありませんからね。
「嫌いだと言えなかった自分は正直ではない」
と落ち込む人はいないでしょう。
わざわざトラブルを引き起こす必要もないわけです。
もちろん、状況によっては、好き嫌いの意志をはっきりさせることが必要な時もあります。
セクハラやパワハラとか、何か理不尽なことをされている場合ですね。
時と場合に応じて、判断することです。
ところで、「正直」を辞書で引くとこう書いてありました。
『素直で正しい心を持っていること。言葉や行いに嘘のないこと』
単に感情をぶつけているだけなら、ある意味正直かもしれませんが、
「正しいこと」というわけではありません。
ここで大切なことがわかります。
つまり、本当の正直とは、「自分の‘正しい心‘に正直になること」ということです。
「何でもかんでも思ったことを言う」という意味ではないのですね。
例えば、職場で「飲み会」があったとします。
あなたも誘われます。
しかし行きたくない。
「今日は用事があるので行けません」
と断る。
しかし本当は、特に用事があるわけではないのです。
飲み会を断るための口実です。
「自分は嘘をついてしまった」「正直でなくなってしまった」
と悩む必要があるでしょうか?
別にないですね。
参加する参加しないは、自分の自由です。
でも、「行きたくないから行かない」と言ったら、相手によっては角が立つかもしれない。
なのでやんわり断る。
そのための口実。
それは、相手に対する「気遣い」という見方だってできるのです。
自分の中にある「気遣い」という気持ちに、正直になったのです。
もちろん、いろいろな理由をつけて断るより、はっきり断った方がいい場合もあります。
あやふやに断って相手に誤解されたら、結局ややこしいことになります。
いずれにしても、それは「自分の心」が決めること。
「自分の正しい心に素直になること」
それがまさに「本当の正直」ではないでしょうか。
そう考えたら、当たり前ですが、飲み会ごときは自分の良心とは何の関係もありません。
参加したいなら参加していいし、嫌なら行かなくていい。
正直とは「深い意味」があります。
自分の中に「正しい心」があります。
人を支えてあげようとか、親切にしようとか、前向きに生きようとか、精一杯頑張ろうとか。
そういう根本的な心です。
何も道徳の教科書の話をしているのではありません。
人間が持って生まれた「心の中にあるもの」です。
いわば「良心」のようなもの。
それに「正直」になればいいわけですね。
それが一番いい生き方だと考えます。
あなたが誰かを励まそうとして、「心にもないこと」を言ったとします。
相手の非を責めず、勇気づけてあげようとする。
もし「表面的な正直」にこだわるなら、相手のよくない部分をどんどん指摘することになります。
でも、相手が落ち込んでいるのに、追い打ちかけるようにしたら、
相手はますます追い込まれていくでしょう。
そんな気持を察してあげて、相手を励ます。
これこそまさに、「自分の気持ちに正直になっている」ということではないでしょうか。
心にもない言葉ではなく、十分「心にもある言葉」なのです。
正直とは、奥深いもの。
人生をたくましく渡っていこうとするなら、「正直」になることが大切です。
それは、人のためにも、自分のためにもなります。
・今回のまとめ
人生をたくましく渡っていこうとするなら、「正直」になること。
自分の「良心」に正直になること。
必ず道は開けていくでしょう。
あなたが、「自分は愛の弱者だ」と思うようなことがあれば、本書はとても有益なものになるでしょう。
今までの思い通りにならない状況が、きっと一変するはずです。
本書には、それくらいの大きな力があります。
あなたの「バイブル」にしてください。
あなたが、恋愛や人間関係で「愛されない」と悩んでいるなら、たった二つの真理を知るだけで、それは解決します。
1.追いかけるのをやめる
2.「途方もない愛される力」を実践する
今すぐ、「真理」を知ってください。