2018年12月12日水曜日

愛情は、損得感情を越えたものだから、自分の行動にいちいち見返りを求めなくていいよという話

こんにちは。上村です。


「好きな人が冷たい」と、恋愛で悩んでいる人がいました。


ところがたまに、相手が優しい時がある。

するとその人は、何となく「申し訳ないような気持ち」になるらしいのです。


「自分も好意を返さなくては」と思う。

ところが、好意を伝えようとすると、相手はまた冷たくなってしまうそうです。


どうしてこんなことになるのでしょうか?


相手が好きな人ですから、示してくれた好意に、
「寸分の違いのない好意」を返す必要性を感じたのです。


しかし、愛情は「契約」ではありません。

どちらが多いとか少ないとか、そんなことを言っていたら、
誰とも付き合えなくなってしまいます。


相手が本当に冷たくなったのかどうかはわかりません。

自分があまりに敏感になり過ぎて、相手のささいな態度を、
「過度」に考えるようになったのかもしれません。


例えば、「友人関係」で考えてみましょう。

友人同士で、そんな厳密な「貸し借り」を考えるでしょうか。


お互いが好きだから付き合っているわけで、それ以上の理由はありませんね。


でも、恋愛では、ささいなことが過度に気になったりすることがあります。

さっきの人は、力んでしまったのです。
肩に力が入り過ぎて、その結果、かえって相手を遠ざけてしまったのです。


相手が優しいとすれば、それは「そうしたいからしているだけ」です。

見返りのためにしているわけではないでしょう。

それを「申し訳ない気持ち」になるのはおかしいですね。


自分だって、誰かに親切にするのを、
いちいち見返りを求めているわけではないでしょう。

そんな損得勘定だけで動いていたら、その内何もできなくなってしまいます。


これは何も恋愛だけではありません。
すべての関係がそうです。


親切とは、もっと積極的な行為です。
「自分の意思」です。

 本来、相手の行動に振り回されるものではありません。


相手の行動いかんで、親切にするしないを決めていたのでは、
いったい自分の意思はどこにあるのでしょうか?

もっと「素朴な気持ち」になる必要がありますね。


ガチガチに考えていると、相手のちょっとした行動が不誠実に思えてきます。

「自分がこれだけしてあげたのに、アイツは何だ」
みたいな気持ちになる。


でも、そんなことを考えたら、
「相手が自分に優しくする回数と、自分が相手に優しくする回数が同じでなければならない」
みたいなことになってしまいます。


この考えがいかにおかしいかは、言うまでもありません。

そういうものを乗り越えたところに、真の結びつきがあると考えます。


焦りや心配とは無縁なものです。
親切や優しさとは、対価ではなく、「素朴な行為」です。


表面的なことにとらわれてはいけないのですね。
深い部分ですね。


深い部分での理解こそ、「真の関係」につながっていくでしょう。



・今回のまとめ
好意はもっと自由であり、素朴なものです。
それが、「真の結びつき」です。





あなたが、「自分は愛の弱者だ」と思うようなことがあれば、本書はとても有益なものになるでしょう。

今までの思い通りにならない状況が、きっと一変するはずです。

本書には、それくらいの大きな力があります。

あなたの「バイブル」にしてください。



あなたが、恋愛や人間関係で「愛されない」と悩んでいるなら、たった二つの真理を知るだけで、それは解決します。

     1.追いかけるのをやめる
     2.「途方もない愛される力」を実践する

今すぐ、「真理」を知ってください。